【From teacup.】この掲示板は投稿が一定期間無いため、各記事中に広告を表示しています。

 投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助動画検索画像・ファイル<IMG><OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
  ファイル1
  ファイル2
  ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)

 URL

全161件の内、新着の記事から1件ずつ表示します。 6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  |  《前のページ |  次のページ》 

学会員の妨害行為を折伏の励みに

 投稿者:HP執行部  投稿日:2007年 6月 8日(金)21時18分58秒
編集済
  千葉県・清涼寺支部 副婦人部長 福井和子さん

私は、今から十年前に法華講に入講させていただきました。
御報恩感謝と自らの罪障消滅のために、現在の一凶である創価学会を折伏する中で
起きてきた事柄をお話させていただきます。

平成十六年の秋、御住職様より『学会員さん、折伏教本を読みましょう』と題した、
学会破折資料を作っていただきました。毎月一度発行されるので、その度(たび)に
学会員さんの家へ配布いたしました。

その年の十二月五日、学会員さんの家へ折伏に訪れたところ、「話を聞きなさい」と
近所の学会員の家へ案内されました。
そこの御夫婦と話をしていると、後から学会男子部の
「教宣部」が三人で部屋に入ってきました。なかでも中心者のAさんは、
熱心な池田信仰者である私の兄の若い時にソックリでした。
この人を折伏することは兄の折伏に繋(つな)がると思い、何とか目覚めてほしいと
思いながら話をしましたが、力が及ばず、あっという間に五時間が過ぎていました。

彼等は創価学会が正しいと思って、一所懸命やっているのでしょう。
しかし、間違ったことを信じていれば不幸になる。彼等の姿は、自分の過去の姿を
見ているようでした。
帰り際(ぎわ)に、学会男子部のBさんが、
「今後も学会員の家へ廻るようなことがあれば、美浜区中の学会員が相手になりますよ」
と言っておりました。
その年の暮れに、学会男子部のAさんが本を持って我が家に来ました。
翌年の一月末には、Bさんが「本部から言われて来た」と言い、
学会員へ手渡した資料を返しに来ましたが、その後も諦(あきら)めずに配布を続けました。

半年ほど経った平成十七年八月六日、私は法華講の人と二人で、
自分の住む集合住宅の学会らしき人の家を折伏しに行きました。
すると、その翌日の夜八時半頃に、学会男子部のAさん、Bさん、Cさんが家に来ました。
ドアを開けると、「Sさんのところに行きましたね。
学会員のところへ廻ったら来ると言ったでしょ」と言います。
「Sさんのところへはもう廻るな」という用件でした。

私は三人に「ご自分の住所と電話番号を書いてください」と、ノートを渡しましたが、
拒否されました。「私の家に来ておきながら、こちらが住所を尋(たず)ねても
教えられないのは、道理が通っていません。謗法だからそうなるのですよ」と、
御住職様から教わったことを伝えました。Aさんは「謗法とは何ですか?
御書で示してください」と、インデックスのたくさん付いた御書を持って問いかけてきます。

私が「謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり」(御書六〇八頁)
と御書の文証を一つ答えても、また次の問いがきます。教学力のない私は、
深く追求されると言葉に詰まってしまいました。
夜も遅いので、「ご本人が来ないでくれと言うのなら分かりますが、
あなた方が言うのはおかしい。私はあなた方の家には行っていませんよ」と言って、
帰ってもらいました。

この出来事により、私は過去に自分が、間違ったことを人に勧(すす)めて、
きっと恐い思いをさせてきたんだろうなと思いました。なので、学会男子部が数人で
押し掛けてきて恐い思いをするのは、過去の罪障が一つひとつ消されてきている証拠だから、
彼等に感謝しなければならないと思いました。
その後も、学会員への配布を続けておりましたが、
「入れないでくれ」と電話があったり、「無差別に入れているのか?名簿があるのか?」と、
こちらの動きを探りに来ましたが、「布教の自由です」と伝え、
答える必要のないことには返答しませんでした。

十月に入り、御報恩御講の日に、学会の男子部が「法華講海浜地区の近藤勇」だと
偽(いつわ)り、本堂の最前列に座っていました。御講終了後に、
御住職様が不審に思って話しかけたところ、逃げようとしたので発覚しました。
ありがたくも、御住職様より直々に破折された彼は、
翌日にお詫(わ)びの電話を架けてきたとのことでした。しかし、お寺のノートに
記載された彼の住所を調べたところ、そこは商社ビルで居住区ではありませんでした。

二ケ月後の十二月の御講終了後に、学会男子部六人が御住職様に話があるといって
お寺に来ました。その中の一人が自称近藤勇さんだったので、
私は「この前の住所は違っていましたね」と言うと、「さあ?」と、とぼけた返事でした。
「私は海浜地区の者ですが、勘違いかも知れないのでもう
一度住所を教えていただけますか?」とメモを差し出しましたが、
学会男子部に遮(さえぎ)られてしまいました。

どうやって調べたのか、後日に自称近藤さんが我が家に来たそうですが、
私は留守にしておりました。

大晦日になって、また学会男子部が三人来ました。
用件は、「Mさんのところへ廻らないでほしい。本人から頼まれて来た」と言います。
「本当にご本人がそうおっしゃっているのかどうか分からないので、
直接ご本人に確認に行きます」と、返答をしました。一冊の本を渡し、
「あなた方はまだ若いのだから、正邪をよく見極めて、
これからの人生を大切にして幸せになっていただきたい」とお話をしました。

翌日の平成十八年一月一日、学会男子部の自称近藤勇さんとCさんが来ました。
ドアを開けると「福井和子さんですね。この前お寺でお会いしましたね。
今日は折伏教本を読んでいる一人として来ました。あなたは謗法です」と、
いきなり話し始めました。

「ちょっと待ってください。そういうお話をする前に、人として信頼される行動を
しているかどうか、よく考えてみて下さい。あなたはこの前、
御講に法華講海浜地区の者だと偽って入っていきましたね。
お寺の書類に住所と名前と携帯番号を記入していましたが、
住所も携帯番号も違いじゃないですか。
嘘偽りを言っているじゃないですか」と言うと、
「それは方便です。そんなこと、どうでもいいんです。
お寺に住所を言いに行っている訳じゃない」
と開き直ります。本名を聞いてもとぼけています。
「嘘偽りを言っても方便だと開き直る。それが学会ですか?
嘘偽りの団体じゃないですか。謗法をしているからそうなるんですよ」と言うと、
「学会のどこが謗法なんだ。広宣流布の団体を一方的に切ったんだ。

あなたは謗法の手先だ」と大声で言ってきましたが、
「信仰の話をする以前の問題です。きちんと自分の態度を正してから来てください」と伝え、
ドアを閉めました。ドアの向こうで「ハイ、法華講の負けですね」と、
捨て台詞(ぜりふ)を吐(は)いて帰って行きました。

彼の非常識で無責任な態度に、私は怒りが込み上げてきました。
しかし、こちらが興奮して声を荒げていては折伏にはならないし、
どんな相手に対しても冷静に対応できるようにならなければいけない。
それにはまだまだ修行が必要だと、自らの末熱さを感じました。

平成十八年、初登山の決起大会において御法主日如上人猊下より、
折伏に臨(のぞ)む時の心得としての「衣座室の三軌」の御指南を承りました。
柔和忍辱(にゅうわにんにく)の衣も、不自惜身命の修行も、大慈悲の心も、
何もかも私には欠けていたと深く反省をいたしました。

二月に入ると、毎週のように学会男子部が来ましたが、自称近藤さんが来た時には、
「あなたが来ることによって、私は信心が強くなれるわ。ありがとう。
一緒に日蓮正宗の信心をしようね」と言いました。

来る学会員の中には、何回来ても名前も名乗れない無責任な人がいます。
「配布を止めないと訴えると言っていますよ」と言いに来る人もいます。
御住職様は、「今の学会を折伏するのには、難しい教義を説明しなくても、
彼等が騙(だま)されていることを気付かせてあげればよいのですよ」と、
御指南くださいます。いまだ折伏成就には至っておりませんが、
怯(ひる)むことなく前進してまいりたいと思います。

大聖人様の御書に、
 「人をよくな(成)すものはかたうど(方人)よりも強敵(ごうてき)が
人をばよくなしけるなり」(御書一〇六三頁)
「行解(ぎょうげ)既に勤めぬれば三障四魔紛然として競ひ起こる、
乃至随ふべからず畏(おそ)るべからず。之に随へば将(まさ)に人をして悪道に
向かはしむ、之を畏れば正法を修することを防ぐ」(御書九八六頁)
 この御金言を胸に、今日よりまた精進してまいります。

『慧妙』平成18年10月1日付

尚、上記体験談は、専妙寺支部HPより転載許可を得て掲載しています。
 


以上は、新着順10番目から10番目までの記事です。 6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  |  《前のページ |  次のページ》 
/161 


[PR]