【From teacup.】この掲示板は投稿が一定期間無いため、各記事中に広告を表示しています。


新着順:13/161 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

妙観講員の方の体験です。

 投稿者:プリティピッグ  投稿日:2006年 5月18日(木)11時37分38秒
  通報
  元顕正会員で今は、妙観講で信心しているかたの体験です。この前少しかきましたが、顕正会員を折伏しに相模会館へ行ったら、某隊長がなぜか警察へ駆け込んでしまったとのこと。
その当事者の方の感想です。
この方は、一年前に、顕正会の本部会館でも理不尽な目にあい、顕正新聞にも掲載されてしまった(写真入りで)方です。

顕正会の実態がわかる一例かと思います。

以下に転記します。本人の了解は得ています。


同じ話題で何回も書くと、段々鼻についてくるだろうから、特に動きがない限り最後にしたいと思うけど、◎◎隊長事件にまつわる色々なお話である。

■◎◎隊長があるJR駅前交番に駆け込んで、「私」は一瞬にして「被疑者」になったわけだけど、正直な話、最初は事実はきちんと主張しよう、と決意したのと同時に、心の片隅に「逮捕されたら、仕事もクビになって、収入源が無くなるから、困るなあ。」などという気持ちが起こってしまったのも事実である。途中で部長の叱咤激励を戴いて、それ以降は肚が固まった訳であるが、こんなことでは、臨終の際に最期の一瞬まで余念なく唱題することなど無理である。自分の信心の薄さを実感した出来事であった。

■私は部長の激励をいただいて大変喜び、かつ安心したのだけど、対応していた警察官は、
「君は組織に裏切られた。君を助けるどころか、『訴えても結構』などと言っている。誰も助けてくれないんだ。◎◎さん(*隊長)を怯えさせている事実はあるのだから、一筆書いたらどうか。」
と勧めた。
「部長の言葉の意味は違うんだけど…」
と思ったけど、口にしてもわかってもらえないだろうし、怒られそうなので止めた。

■対応した警察官は、どちらかというと「熱い」体育会系の人であった。◎◎隊長が怯えて駆け込んで、指差す先には私が悪怯れもせず立っていた訳だから、警察官から見たら「とんでもない男」に見えたのかもしれない。

■事実を否認し、反省も一切していないということで、警察署に移動して事情聴取を受けることになったが、その前に身体・所持品検査をすることになった。私は事実は一切否定するが、その他は警察に協力するつもりだったから、「身体検査をさせてください。」と言われた時も、「判りました。」とさっと立ち上がった。「危険物などは持っていませんか?」と言われたので、顕正会員にもらった浅井の諫暁書(*彗星じゃなく夕日の表紙のやつ)を出そうと思ったけど、内輪ネタでうけないと思ったし、その「熱い」警察官さんが怒りそうだったので、とりやめた。
取り止めたけど、ニヤニヤしていたら、別の警察官に、
「あなた、ご自分の立場がわかっているんですか?」
と注意された。
「はいっ、よくわかっているつもりです!」
と元気よく答えたら、あきれたのか向こうをむいてしまった。

■警察署で取り調べを受け、「上申書」を書いた。署名捺印の上提出したけど、コピーが欲しかったのでダメモトで「あつかましいお願いで恐縮ですが、コピーを戴けませんか?」とお願いしたら、ホントにあつかましかったようで、その「熱い」警察官は
「警察をナメとるんかー!」
と激怒し、置いてあったパイプ椅子を蹴り上げた。
自分でもあつかましいかな、と思っていたので素直に謝ると、その「熱い」警察官は、落ち着いた口調に戻って、
「今自分で書いたことだから、覚えてるでしょう。」
と言って、私が自分のノートに忘れないように書き写していることについては、何も言わず黙っていた。顔があさっての方向をむいていたから、気が付かなかった(?)のかもしれない。その「熱い」警察官さんは、私のことは気に入らなかったと思う。返事は明瞭だけど、事実は一切否定して反省もしない。◎◎隊長が怯えた様子で交番に駆け込んだのを見て、警察官としての「正義感」が燃えて、熱くなったのだと思う。

■警察からは実家の家族に連絡が行っていたようである。警察署を出る時、警察官がやってきて、「実はさきほどご実家に連絡させて戴いたのですが、お母様が出られて、色々誤解があったようで…どうぞよろしくお伝えください。」と言われた。私も、「はあ、判りました」という返事をしたのだが、母親に後で聞いてみたら、「最初はサギの電話だと思った」との事で、かなり怪しんだ対応をとったようである。どんなことを言ったのか判らないが、私の母親だけにかなりきついことを言ったのかもしれない。

■警察署を出て、電話で話した時、てっきり、
「そんな信仰、止めてしまいなさい!」
と言われると思って、返事も準備していたのだけど、母は、
「自分の信じた道なのだから、貫きなさい。」
と言ってきた。
「貫くけど、そのうち学会か顕正会の謀略で、逮捕されるかもよ。」
と答えたら、母はなんと、
「いつかあるかもしれないね。その時慌てないように、妙観講本部の電話番号と、この前いらっしゃった部長さん(*御本尊下付の折、拙宅に寄られた)の名前をメモに残して欲しい。」
と言ってきた。
母も覚悟してくれているようであるが、この会話、どうやら母の「一本勝ち」のようである。

私が信仰することはようやく理解してくれているようだが、母自身の入信となるとまだまだなので、一日も早く父母を正法につかせなければならないと思っている。

■◎◎隊長事件の後、ゴールデンウイークが明けたら、少しずつ生活上に変化が現われてきた。私は会社員なので、普段の日は仕事をしているので、仕事に関連した変化が多いのであるが、休みが明けたら急に、まわりの人々が何かと手助けをしてくれるようになったのである。私の仕事は色々とコーディネートして、他の部門や業者に動いてもらわなければならないため、一日中調整のために自分で飛び回っているのであるが、事件の後、調整のために電話をしようとしたら、先方から、
「○○の件ですが、以前おっしゃっていた内容にそうように、準備させて戴いたのですが、よろしいでしょうか?」
と電話がかかってきた。
これ一例ならたまたまであるが、ゴールデンウィーク明け以降、調整が必要なことは悉く準備が整っていて、私は
「では、よろしくお願いします。」
とお願いするだけで良い状態になっている。
その分、他の重要な仕事に力を注ぐことができるようになった。

また、ゴールデンウィーク明けの月曜日に、専務がやってきて、
「いつも頑張っているね、落ち着いたら、一度メシにでも行こう。」
と肩をたたかれた。

その後、先輩の女性の課長と雑談していたら、
「早く出世して、私と▲▲さん(男性の先輩の課長)の上に立つようになってください。」
と激励された。
大変感激した。

私は、顕正会時代に、「折伏」の故ではなく、勤務態度が極悪になっていたことから、評定を下げられ、数年下の年次の人達のレベルと同じ評価になり、クビ寸前になってしまった。
(同期が先日明かしてくれたところによると、当時、「国が危ない」、「二大氷山が…」などと、仕事もロクにせずに叫んでいた私に、「国も危ないけど、その前にお前(の地位)が危ないだろう」とか、「自分の仕事も出来ないくせに、何を言ってるんだ」という悪口が飛びかっていたんだそうである。日蓮正宗に帰伏して、「法を説く故の難は法難であるが、自らの不注意で招いた難は横難である」と教えて戴いた。私の体験は、二重の意味で横難である)。

日蓮正宗に帰伏して、生活態度を改めたからと言って、直ちに評判が回復する訳もなく、ようやく中の上位のレベルに評価が戻ったかなあ、と感じていたのであるが、専務とこの先輩の課長の言葉は、そのような私にとっては大変うれしい言葉であった。
また、顕正会時代には私とは顔を合わせるのすら嫌な素振りを見せていた後輩たち(特に女性には嫌われていたと思う)は、最近急に何かと仕事を手伝ってくれるようになった。

■顕正会時代に勧誘してしまい、未だに避けている人もたくさんいるが、日蓮正宗の信仰を根本に、仕事の上でも全力を尽くして行きたいと思う。

■このように考えると、ある意味で◎◎隊長には感謝しなければならないのかもしれない。毎朝・毎晩の勤行では、学会・顕正会員の一日も早い帰伏を祈念申し上げているのだが、◎◎隊長についても、早く正法につけるよう、あわせて祈念して行きたいと思う。

■冒頭の部分は朝書き始めて、電車での移動や休憩時間に書き込んでいたのだが、夜になってしまった。読み返してみたら、かなりの長文でまとまりの無い文章になってしまっているけど、どうかお許し戴きたいと思う。
 


新着順:13/161 《前のページ | 次のページ》
/161